ベイルアウト

今回は前回の記事の続きです。

ベイル・アウト(bailout)…

経済の記事では「緊急救済策」等の意味で、

リーマンショックの当時に飛び交った単語ですが

(2011年も飛び交ってますね…)

航空用語では「緊急脱出」の意味になります。

実は前回の記事に関連しまして、読者の方からご指摘がありました。

それは、

『前席に搭乗していた中川2佐(当時)が最後まで操縦桿を握って激突したのが事実で、

空自のパイロットなら後部座席からベイルアウトするのが常識であって、

機体の構造上もそのように出来ている』

ということと、

『上記の順序と異なる記述があるとすれば、それ(ブログ等)は間違いである』

ということでした。

『事故当時の河川敷の状況』

を実際に(非常線の内側で)見られた方からのご指摘なので、

間違いはないと思います。

事実誤認があるとすればよくないことですから

続編として今回書かせて頂きました。

お二人のご冥福をあらためてお祈り申し上げます。

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平成11年11月22日

平成11年(1999年) 11月22日。

この日が何の日か、日付だけでわかる方はそう多くは無いかもしれません。

この日、都心の一部から多摩、埼玉にかけて大規模な停電が起きました。

自衛隊の訓練機が墜落し、そのさい高圧線を切断したからです。

当時、大阪勤務だった私は正直記憶にないのですが、

後日、ご遺族の方から詳しく伺うことになったのです。

この事故については、素人の私の説明より、

以下の労作(動画)をご参照頂ければ幸いです。

(作成者は私ではありません)

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事故後、お二人は二階級特進され、

中川尋史(ひろふみ)空将補、門屋義廣(かどやよしひろ)一等空佐となられました。

そしてこの二階級特進には、ある先生の文章が大きな貢献をしたそうです。

当時国会でも読み上げられ、後に教科書にも載ったという、教え子向けの“コラム”。

以下に引用します。

************************

 

『人間を矮小化してはならぬ』

(狭山ヶ丘高校)校長 小 川 義 男

先日、狭山市の柏原地区に自衛隊の練習用ジェット機が墜落しました。
たまたま私は、寺田先生と共に、あの近くを走っていましたので、立ち寄ることにしました。すでに付近は閉鎖されていて、近くまで行くことはできませんでしたが、
それほど遠くないあたりに、白煙の立ち上るのが見えました。

見上げると、どのような状態であったものか、高圧線がかなり広範囲にわたって
切断されています。高圧線は、あの太くて丈夫な電線ですから、
切れるときはぷつんと切れそうなものですが、多数の細い線の集まりからできている

らしく、ぼさぼさに切れています。
何カ所にもわたって、長くぼさぼさになった高圧線が鉄塔からぶら下がっている様は、
まさに鬼気迫るものがありました。

聞くと、操縦していた二人は助からなかったそうです。二佐と三佐と言いますから、
相当地位の高いパイロットだと言えます。二人とも脱出を試みたのですが、
高度が足りなく、パラシュート半開きの状態で地面に激突し命を失った模様です。

以前、現在防衛大学の学生である本校の卒業生が、防大合格後航空コースを選ぶ
というのを聞いて、私がとめたことがあります。「あんな危ないものに乗るな」と。
彼の答えはこうでした。「先生、戦闘機は旅客機より安全なのです。万一の場合
脱出装置が付いており、座席ごと空中に打ち出されるのですから」と。

その安全な戦闘機に乗りながら、この二人の高級将校は、何故死ななくては
ならなかったのでしょうか。

それは、彼らが十分な高度での脱出を、自ら選ばなかったからです。
おそらく、もう百メートル上空で脱出装置を作動させていれば、
彼らは確実に自らの命を救うことができたでしょう。
47歳と48歳と言いますから、家族に取り
かけがえもなく尊い父親であったでしょう。
それなのに、何故彼らはあえて死をえらんだのでしょうか。

実は、あの墜落現場である入間川の河川敷は、その近くに家屋や学校が密集している
場所なのです。柏原の高級住宅地は、手を伸ばせば届くような近距離ですし、
柏原小、中学校、西武文理高等学校もすぐそばです。

百メートル上空で脱出すれば、彼らは確実に助かったでしょうが、
その場合残された機体が民家や学校に激突する危険がありました。
彼らは、助からないことを覚悟した上で、高圧線にぶつかるような超低空で
河川敷に接近しました。そうして、他人に被害が及ばないことが確実になった段階で、
万一の可能性に賭けて脱出装置を作動させたのです。

死の瞬間、彼らの脳裏をよぎったものは、家族の顔でしょうか。
それとも民家や学校を巻き添えにせずに済んだという安堵感でしょうか。

他人の命と自分の命の二者択一を迫られたとき、迷わず他人を選ぶ、
この犠牲的精神の何と崇高なことでしょう。

皆さんはどうですか。
このような英雄的死を選ぶことができますか。
私は、おそらく皆さんも同じコースを選ぶと思います。
私も必ずそうするでしょう。
実は、人間は、神の手によって、そのように作られているのです。

人間はすべてエゴイストであるというふうに、人間を矮小化、
つまり実存以上に小さく、卑しいものに貶めようとする文化が今日専らです。
しかし、そうではありません。
人間は本来、気高く偉大なものなのです。
火災の際の消防士の動きを見てご覧なさい。
逃げ遅れている人があると知れば、
彼らは自らの危険を忘れて猛火の中に飛び込んでいくではありませんか。
母は我が子のために、父は家族の為に命を投げ出して戦います。
それが人間の本当の姿なのです。
その愛の対象を、家族から友人へ、友人から国家へと拡大していった人を
我々は英雄と呼ぶのです。

あのジェット機は、西武文理高等学校の上を飛んで河川敷に飛び込んでいったと、
佐藤校長はパイロットの犠牲的精神に感動しつつ語っておられました。

しかし、新聞は、この将校たちの崇高な精神に対して、
一言半句のほめ言葉をも発しておりません。
彼らは、ただもう自衛隊が、「また、事故を起こした」と騒ぎ立てるばかりなのです。
防衛庁長官の言動も我慢がなりません。
彼は、事故を陳謝することのみに終始していました。
その言葉には、死者に対するいたわりの心が少しもありません。

防衛庁の責任者が陳謝することは、それはもう当然です。
国民に対してばかりか、大切な隊員の命をも失ったのですから。
しかし、陳謝の折りに、大臣はせめて一言、「以上の通り大変申し訳ないが、
隊員が、国民の生命、財産を守るため、自らの命を犠牲にしたことは
分かってやって頂きたい。自衛隊に反発を抱かれる方もあるかも知れないが、
私に取り彼らは可愛い部下なので、このこと付け加えさせてもらいたい。」 
くらいのことが言えなかったのでしょうか。
隊員は命を捨てて国民を守っているのに、自らの政治生命ばかり大切にする
最近の政治家の精神的貧しさが、ここには集中的に表れています。
まことに残念なことであると思います。

このような政治家、マスメディアが、人間の矮小化をさらに加速し、
英雄なき国家、エゴイストのひしめく国家を作り出しているのです。

人は、他人のために尽くすときに最大の生き甲斐を感ずる生き物です。
他人のために生きることは、各人にとり、自己実現にほかならないのです。

国家や社会に取り、有用な人物になるために皆さんは学んでいます。
そのような人材を育てたいと思うからこそ、私も全力を尽くしているのです。

受検勉強で精神的に参ることもあるでしょうが、
これは自分のためではなく、公のためである、
そう思ったとき、また新しいエネルギーが湧いてくるのではないでしょうか。
受験勉強に燃える三年生に、連帯の握手を!
 

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(引用終わり)

小川義男先生は“世界一受けたい授業”に何度もご出演されたようです。

沢山の住民の命と引き換えに散った二人の英雄からは、何も聞くことができません。

ですが、

東北の被災地で、見つかったご遺体に涙でご冥福を祈られる自衛隊員の姿、

手作業で丁寧にご遺体を扱われる隊員の姿を思い出すにつれ、

ただただ感謝の念がこみ上げてきます。

小川先生のご指摘の通り、これが人間の本来の姿なのかもしれません。

であれば、感謝の念もまた、万国共通の自然な感情です。

今年はお二人の十三回忌の年でもあります。

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南相馬市の小中学校5校再開!

以下は東京新聞10/17電子版(抜粋)です。

 

~東京電力福島第一原発事故による緊急時避難準備区域指定の解除を受け、福島県南相馬市で十七日、旧準備区域にある市立小中学校十二校のうち、五校が約半年ぶりに元の校舎で再開した。市は八月から校舎や校庭、半径二百メートルの通学路を除染し、受け入れ準備を進めてきた。

 

 この日再開したのは原町第一小学校、原町第三小学校、大甕(おおみか)小学校、原町第一中学校、原町第二中学校。~

 

(引用おわり)

 

先月、以前にお世話になったお婆ちゃんを南相馬に訪ねてきたばかりだったので

 

このニュースに嬉しく思いました。

 

そのときのお話です。

 

被災地の子供達に本を贈るというささやかなボランティアをやっているので、

 

事前に当地のボラセンに聞いてみたところ、アチコチあたって頂いたのですが、

 

「ここには子供が少ないので…スミマセン」という回答でした。

 

いくらボランティアでも押し売りは禁物です。

 

で、身ひとつでの南相馬行きとなりました。

 

福島西ICを降りて県道12号線をひたすら東に走ると南相馬市に着きます。

 

途中の飯館村辺りは、本来ならば稲穂が首を垂れる時期でしたが、

 

沿道の休耕田には子供の背丈程もある雑草が“元気に”茂っていました…。

 

それを見て、国際宇宙ステーションで8カ月半保管していた樹齢千年の桜の種が、

 

従来は何を施しても全く芽吹かなかったのに、

 

帰還後は1年で1.6Mにも育っていたことを思い出しました。

 

種が“初体験”したことは無重力と、概ね1mSv/1日の放射線と、

 

あとは分りません…。

 

飯館村役場の駐車場にはいまだに機動隊の車両が駐車しており、

 

県道上も他県の警察車両と何度もすれ違いました。

 

稲穂の代わりではありませんが思わず首を垂れました。

 

ようやくこの街にも子供達の声が響きます。

 

登下校でマスクをするそうですが、

 

内陸で慢性的なヨウ素枯渇状態のチェルノブイリの子供と違い、

 

日ごろ海産物からヨウ素を豊富に摂取している当地の子供には、

 

彼の地と同様の危険があるのだろうか?との意見もあります。

 

子供たちが元気に育って、各方面で活躍し、故郷を盛り上げていってほしいです。

 

少しばかりでも応援していきたいと思います。

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9.11です

東日本大震災から半年が経ちました。

午後2時46分、事務所で黙祷をいたしました。

これからも被災地のために自分に出来ることをコツコツと続けていきます。

一瞬で多くの方々の命を奪い、住まいや暮らしを奪った大震災。

政府による対応はご存じの通りで、

つい先日も新任大臣が信じ難い暴言を吐き、引責辞任しました。

思い遣りが少しでもあったなら…残念です。

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さて、ニューヨークで起きた9.11テロについて少しお話を。

私の存じ上げる方で、このテロで大事な息子さんを失った方がいらっしゃいます。

某都市銀行のNY支店長でいらしたその方は部下を避難させる途中、

急きょ事務所階に向かわれ、帰らぬ人となりました。

私はそのお父様とお会いしたとき

さぞかし悲しまれていらっしゃることだろうと思い、

「アメリカへの怒りの巻き添えに遭われた。大体、アメリカ人は独善的過ぎます。

お気持ちお察しします」 ※1

等々と申したところ、

「君、アメリカ人は何々、○○人は何々と、ひと括りに論じるのはよくないことだよ」

とかえってたしなまれてしまいました。

ハンマーで頭を叩かれたような衝撃を心に受けました。

「自分は我が子を失っても同じことが言えるだろうか…」

日本人を見ても自覚できるように、“民族性”というのは存在します。

その日本人の中だけでも、実にいろいろな人がいます。

特定の出来事(テロ・戦争・事件・歴史…)について、

それが起きた国の国民・民族に、その発生原因を求め、こじ付け、

ひと括りにして論じることは、安直に過ぎますし過ちの素です。

以降の私は、ある事象に対して、何か“引っかかった”ときには、

その原因やそれを形成する遠因、状況などをよく見、調べるようになりました。

そうすることのメリットのひとつは、

大手メディアやお抱え評論家が“テキトーなコト”を言っていても

「それ、違うでしょ」

と秒殺できることです。

といってもテレビは外出先で“ながら見”する位で、事務所のテレビはかれこれ1年半程

コンセントを抜いたまま、薄型だけに壁の一部となっています(笑)。

見ていないのでNHKの受信料も払っていません。

地デジで画像は鮮明ですが、内容は見るも無残であり、

(日本中で今日起きた交通事故や火事を知りたいワケではないし、

その一方で、報ずべきことが一切報じられていない)

機能不全と、歴史的な役割の終焉が近いことを自ら証明しています。

これから長期下降線を辿ることは間違いありません。

これらのことは、インターネットの情報網に踏み込めば気付くことです。

既にネットが大きな役割を果たしています。

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※1

90年代を生き抜いた本邦金融マンであれば、当時の対米感情は芳しいものでは

ありませんでした(今は農家やJAの方々がそうだと思います)。

ですが、アメリカに限らず、外交とは常に“独善的”なものです。

『外交交渉には国家存亡がかかっている』わけですから至極当然のことで、

同じ土俵で取り組み(外交交渉)を“積極的に”しなければ、

いつまで経っても“お子様扱い”ですし、実際、子供同然です。

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復興増税 ~人類史上初の試み~

東日本大震災の復興のために、『復興増税』が真剣に議論されています。

いうまでもなく世界的に財政再建が課題です。

これを今の日本に当てはめると、、、

『国家』のことだと抽象的で分かりにくいですが、例え話をします。

『家庭』で例えれば、

被災した家庭を背負う働き手(夫や妻)に対し、時短・リストラの時勢のなか、

『源泉徴収額』を増額できるのか?それを強制されたときどうなるか?

そういうことです。

『企業』に例えても同じです。

日本国内のあらゆる階層でこれが起きます。

漏れ聞こえる話では、『復興増税』を推進したい方々が、反対派を説得する証拠として、

『大震災後に復興のための財源を増税で対応した例』

を探したそうです。

結果は標題のとおり、そんな例はどこにもなかったそうです。

当たり前といえば当たり前です。

善良な国民は、震災の惨禍を見て、

『被災地のためには仕方ない』と思い、

各種のアンケートに『賛成』票を投じてしまうかも知れません。

それは大変危険なことです。

重要なことは『世論』や『空気』に影響されては判断を誤ると思うのです。

大不況に陥ることを被災地は望んでいません。

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スティーブ・ジョブズ氏の引退

アップルの創業者、スティーブ・ジョブズ氏が先日引退を表明しました。

彼の功績は今更書くまでもありませんが、

彼のスピーチで印象に残るものをご紹介します。

第二のスティーブ・ジョブズが日本で誕生することを祈りつつ。

(じきジャングルの音が鳴りだすので、左のサイドバーの下、WWFの枠内のスピーカーを3回押して
 
ミュートにしてください。お手数おかけします)

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彼の死生観は、日本人に相通じるものがあります。

「いま、ここ」に徹する。

彼は金髪のサムライだなぁ、と感じ入りました。

++++++++++++++++++++

※残念ながら幾つか誤訳があり、笑うところで笑えなかったり、意味が通じない

 箇所があります。目立つ所だと、

後半開始直後0:15のセリフ。

When I was 17, I read a quote that went something like 

“If you live each day as if it was your last, someday you'll most certainly be right.”

「毎日、これが人生最後の日と思って生きなさい。いつかその通りになる日がくるから。」

⇒ 「いつか必ずひとかどの人物になれる」 では“not right”です (>_<)

同じく後半2:42のセリフ。

This was the closest I've been to facing death,

and I hope it’s the closest I get for a few more decades.

「これが私の人生の中で最も死に直面した経験です。

この先何十年かは勘弁願いたいですが。」

⇒ 「この先何十年かもそうであってほしいと思います」 ではギクッとします (@_@)

(後半3:15のセリフで、「唯一無地」は「唯一無二」でしょう)

最後の“Stay hungry, Stay foolish”の和訳は要らない気も…

訳者さま、引用しておいてスミマセン。

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重ねてお詫び

暑中お見舞い申し上げます。

多忙につきブログ更新を週1回にしますと申し上げてはやひと月半…

この間、弊社のお客様ではない方から「更新されないのですか?」と、

痛い(>_<)お問い合わせを頂いたこともありましたが、

多忙を自分への言い訳に、今日に至っております、、、

申し訳ありません。。。

これから徐々に復活させたいと思います。

週一での継続も難しそうな気がしておりますが、

目標は週1回更新です、、、

他の活動に支障が無い程度に書き綴っていきます。

あらためて宜しくお願いします。

【追伸】

ちなみに最近の本業(日本株での運用)の方ですが、

6/29運用開始のお客様は+4.8%、7/22運用開始のお客様は+4.2%(8/16現在)

といった具合です。

日経平均の同期間の騰落は6/29~:△5.4%、7/22~:△10.1%ですし、

これだけの大クラッシュの最中ですから、

おそらく、お客様には御満足は無理でも御納得はいただけているのではないかと…

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Books for kids 第二陣!

2日の土曜日に名取市の児童館に本を届けてきました。

事前に告知して頂いたことも手伝って、土曜日でしたが大勢の子供たちが

集まってくれました。

子供たちの笑顔には救われます。

児童館の方々も、ご協力ありがとうございました。

詳細はHPでご紹介しようと思います。

++++++++++++++++++++

帰りに市内在住の方とお話する機会がありました。

「こっちの余震は震度2位でも、まず地響きが来てから揺れる。それが不気味で怖い。

夜中にくると寝付けない」

とのことでした。やはり現地には緊張感と恐怖が深く残っています。

海産物の朝市で有名な閖上(ゆりあげ)地区は、市の登録証が無いと

沿岸地区には入れませんでした。

遠くから見る閖上港付近には、見たこともない瓦礫の大きな山が霞んで見えました。

先ほどの方のお話では、

「緊急避難の放送が故障だかの理由でできず、逃げ遅れた方が多かった。」

「津波後も空き巣が多発し、知り合いも貴金属やら根こそぎ盗まれた」

とのこと。

なんともやるせないというか、情けないというか。

人命も財産も自分自身で守れというのでしょうか…

この話を他人事と言える自治体は少ないのでは?などと思いました。

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【ブログ再考】

前回、一週間のブランクを空けての気持ちを綴っていたのですが、

はやそれからほぼ1か月が経とうとしています。

この間…

このブログ、読み手の顔も見えず、手応えもないので

畳もうかと考えておりました。

最近あまりにも忙しく、以前は“たまに事務所にお泊り”だったのが

最近では“たまに”ではなくなっております。

忙しい、といっても“走り回っている”訳では無くて、職業柄

本を読んだりレポートに目を通したり、エクセルに入力したり…

活字を追うか、キーボードをバシバシ叩いている訳です。

根っからの仕事人間で好きでやってるので一向構わないのですが

一日は24時間しかありません…

で、

ブログは週1回程度の更新に留めることにしました。

基本的に土日の空いている時間を使って更新しようと思います。

であれば続けられそうです。

22時になりました。

仕事に戻ります<(_ _)>

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ブログお休み頂いてました。

勝手ながら、ブログを一週間ほど休ませて頂きました。

先週の土日に、以前このブログでも告知しておりました、

Books for kids~被災地の子供たちに本を贈る運動~

の第一弾として、岩手県を中心に

支援者の方々からお預かりしていた本を届けに行ってまいりました。

極めて甚大、広域、深刻な被害。

40ウン年、世界中の様々なニュースを見てきましたが、

これほどまでに強烈な光景を見たことはありませんし

ましてや目の当たりにしようとは…

帰宅以来、寝付きにくくなりました。

すこし心を休めようと思い、この間、ブログはお休みしました。

宮古市から南下し、気仙沼市まで多くの被災地を見ました。

そこは2万人を超える人々が亡くなられたところ。

なにか自分にも出来ることを、と思い始めた人生初のボランティアでしたが、

あまりの光景に無力感を感じずにはいられませんでした。

ただ、どういうわけか、

「くそぉっ」という“気合い”が沸々と湧き上がり、

拳に力が入りました。

数々の逆境を撥ね退けてきた日本人の血が騒ぐのかも知れません。

うず高く積まれた瓦礫の山々は、

もとは誰かの自宅であり、事務所であり、思い出の数々です。

それを想うと悲しい限りですが、

亡くなられた方々の死を無駄にせず、

教訓を次代にしっかりと受け継がなければなりません。

被災地の皆さんに本当の笑顔が戻るまで、

ささやかであっても、お役に立てるよう頑張ろうと思います。

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